Ailes Grises

命を大事にしな

好きな声優のラジオを聴いていたら本人に対してマジギレしてしまった話

また1ヶ月以上放置してブログにスポンサーサイトのリンクが表示されるようになっていましたね。

書きたいネタはいろいろあったんですが、この記事書き終わるのが遅くなったせいでこんなことに。

最後まで読んでくれる人はそんなにいないと思うので、とりあえずここで謝罪だけさせてください。

1月の間twitterで特定の女性声優へ貯めこんだヘイトを撒き散らし続け、アカウントをフォローして頂いているフォロワーの皆さんや、RTされたpostを見てしまった方に不愉快な思いをさせてしまったことについて、本当に申し訳なかったと思っています。すみませんでした。

当時主張していた内容も何を言ってるんだこいつはと思われた方が大半だったと思いますが、この記事で僕が思っていたことは全て書き出したつもりです。

少しひねくれたオタクの個人的な体験談でしかないですが、興味があればどうぞ。一応振り返ってみて思ったことも書きました。


何があったのか

今、僕が一番好きで応援している女性声優は一人喋りラジオを持っていて、そのラジオの年明けて最初の放送で、こういうメールが読まれていた。

「私はあなたの写真が載っている2014年のカレンダーを永久保存版として取っておいているが、捨てるべきだろうか」

このメールに対して彼女は「捨てましょう」「昔の写真なんて見ても私はなんとも思わない」「思い出は更新していこう、ってことです」と回答していた。

またその次の回では、今後の自分の音楽活動についての話題において、以下のような発言があった。

「(12月にリリースしたばかりのアルバムのタイトル)は過去」

「(12月で行われたアルバムのリリースイベントで自分からコールの提案をしているという事実がありながら)私は自分のことはアイドルじゃないと思っている、アイドル現場で見られるコールという文化が現状自分のライブでも起きているが、自分の思いをちゃんと伝えられていなかった」

きっかけはこれらの発言を聴いたこと。

ラジオを聴いた直後、彼女の言動に対する失望はすぐさま怒りへと変わっていき、twitterで夜通し不満をぶちまけ続けることになった。

それは翌日になっても収まることはなかった。

この件でとうとう自分の中にあるラインを超えてしまい、ここまで不愉快な気持ちにさせられたことに我慢ならなくなり、自分の考えを勢いのままにメールに吐き出して、そのラジオに送りつけた。

当然採用されることは無かった。

これが1ヶ月前に起きたこと。

メールを読んでもらえば分かる通り、ほとんどクレームに近い内容になっている。クレームそのものかもしれない。

このメールを書いているときは、少しでもこのメールを読んだ彼女がショックを受けて欲しい、傷ついて欲しい、不愉快な気持ちになってほしい、という思いでいた。それだけを祈って書いたものがこれ。当時それくらいこんな発言が軽々しく出来てしまう彼女が許せないという思いが溜まりに溜まってしまっていた。

なぜ怒ったのかはメールに書かれていることが全てだと言いたい所だが、もう少しなるほどと思ってもらうために補足をする。

少し前から彼女は自分にとって受け入れがたい言動を取ることがあり、それはラジオ、イベントでのトーク、雑誌でのインタビューなど、様々な場面で見られた。

それらを見たり、聞いたりする度、僕は暗澹とした気持ちになっていった。

例えばこうだ。

「今アイドルらしくキャピキャピしていても30すぎてもやっていけるようにしたいのでそういうのはやめたい」

わかりやすい所で小倉唯(これは本人がアイドル的な存在の声優として実際に名前を上げていた)や、それこそ30過ぎてもキャピキャピしている先輩声優(あえて具体的な名前は出さないが)の仕事を愚弄している(ように少なくとも自分には聞こえた)かのような発言。

歌手活動をしている声優や顔出しの多い声優、およびそのファンにレッテルを貼り、都合のいいことを言ってマウンティングしたがるタイプのクソに見られる価値観に似たような何かを感じ取ってしまった。

「(ずっとロック調の曲をこれまで歌ってきたがという文脈で)もうロック的なものは過去だ」

これまで歌ってきた曲たちへの愛着のなさを露呈するような発言。

これらの曲に思い入れのあるファンの存在などをちゃんと想像できているのだろうかと疑問に思った。

他にもあるが、こういったものが積み重なり、ついにラジオでの発言で僕の精神が限界を迎え、最終的にメールの投稿に至った。

「自分の中にあるラインを超えて」というのはこういう話。


その後

しばらくの間主に2つのことで思い悩む日々が続いた。

1つ目は「好きな声優の言動を受け入れられず、好きな人であるはずなのに憎しみすら抱いてしまっている」という矛盾した状態に陥ってしまっていることそのものの意味のわからなさ。

2つ目は「自分は完全に一線を越える、取り返しの付かないことをしてしまった(メール送付の件)ので、これまで何とか維持してきたつもりの彼女との健全な?関係が崩れ去ってしまった可能性がある」ということ。

この2つのことで毎晩うんうん唸り続けて過ごすことになってしまって、我ながら何がしたいんだろうという状況だったが、結局のところこの苦しみというのは「彼女のファンでいられなくなってしまう」という、最悪の未来に対するもがきなのであって、ここで「もういいや、忘れよ」ってなってたら、それはそれで自分にとって彼女はその程度の存在で、そのままファンとしての自分がフェードアウトしてしまっていた可能性というのもあったかもしれないなと今になっては思う。

で、こんな感じで精神的に参っていたら、追い打ちをかけるようにインフルエンザにまでかかってしまい、心身ともに限界オタクと化していた。これはきっと声優に逆らった罰なのだろうと思った。

インフルで寝込みながら1週間位家に引きこもって過ごしているうちに、こんなラジオのちょっとした発言程度が原因で、これまでの5年間で形作られてきた彼女との関係(僕は自称認知厨だ)が水の泡になるなどというバカバカしい話があるか、という気持ちになってきて、もう少し状況を冷静に見つめ返そうという気持ちになってきた。

それで、まずは問題のラジオを聴いてみようということで問題の回以降の放送を聴くことにした。

その結果、彼女の言動を認めることが出来ないというの自体は変わっていないが、番組を聴いていて少しずつ直接的な怒りの矛先が本人からラジオ番組へと向けられるようになった。

そもそもあのような話題を作ってしまうコーナーそのものの趣味が悪いと言えるのではないか、とか、推測でしかないが、この番組では採用するメールの選定において彼女にはほとんど権利が与えられていないのではないか、といった、「ラジオ番組そのものが悪かった」と言える要素を把握することで、怒りの方向を本人に集中した状態からはある程度そらすことが出来た。

ファンが好きなタレント本人を憎むしか無い、というのはその矛盾した状況自体がかなりのストレスだったし、この状況が消えただけでかなり精神的に余裕が持てるようになった。

先ほど挙げた1つ目の悩みは根本的には解決されてはいないものの、自分の中でそこまで大きいストレスにはならなくなってきているのを感じた。

当然2つ目の悩みは残ったままだったが、最期のあがきとばかりに別のラジオにメールを投稿し続けていたら普通に採用があって、自分の名前が読まれた時の声のトーンは下がっていたがまだ完全に見放されてはいないんだなと思えてそれだけでかなり精神的に楽になった。現金なやつだと思う。

ただ、問題自体は根本的には解決していないし、メンタルが回復したとは言ってもあんなのどうでもいいだろ、そもそも番組自体が下品、ひどいメールは送ったけどまあまだかまってもらえてるしいいっしょ、ということにしただけ、とも言える。

なのでこの件はこのままクローズということにするのもなんかなあとか、結局これってそもそも自分の声優に対する態度が原因で起きたことであると感じた(自分以外にキレている人をほぼ見なかった)ので、とりあえず何があったかどうなったかだけはブログに記事にしとくべきかな、となって今に至る。


振り返り

記録だけじゃ面白く無いし、この何の価値もない記事を読んでる奇特な人ももしかしたらいるかもしれないし、そういう人に悪いと思うので、この件について1ヶ月経った今振り返ってみようと思う。

振り返るって言っても起きたことは単純で好きな声優本人にキレてクレームみたいなメールを送ってしまった、っていうただそれだけのことでしかないので、考えることは好きな声優へ取るべき態度とはみたいな何の益もないつまんない話題になってしまうんだけれども。

まず感じているのは、キレたことが全くもって正しいと思う自分と最低のことをしたと思う自分がそれぞれ存在しているということで、これはつまり、「声優オタク」としての自分と「声優ファン」としての自分の間で意見がわかれている状態だったのだと思う。

「オタク」と「ファン」の違いについては後述。

他の人はどうだかわからないけど、僕は一方の基準ではアウトでも片方の基準では推奨みたいな、相反した価値基準を同時に自分の中に保とうとしていて、そのバランスの中で日々声優への態度を決定している所がある。

なので普段の僕の言動を見ていてこいつ何がしたいのみたいなことを感じる人の感覚はどこもおかしくない。

だからやらかした後にあんなに自分のやったことに苦しむことになったわけで、価値基準が1本になっていてブレない状態になっているなら後悔も何もしていなかっただろうと思う。

これは完全に矛盾していて愚かなことなんだけど、でもここをどちらかに倒しきるのは、なんとなく無理かなあと感じている。そういう風に育ってきてしまったから。今更生き方を変えろなんて言われても厳しい。

で、今回初めて声優への反感を思いっきりインターネット上に吐き出してしまったわけだけど、このことについて考えてみる。

「声優の言うことに逆らうのはオタクの分際でおこがましい」という考え方はあると思うしこれを読んでるあなたも「そうだそうだ」って思ってると想像するけど、僕はこれはむしろ逆だと思っていて、「オタク」を名乗るような奴が無条件に声優に降伏するな、そんなやつが「オタク」を名乗るほうがおこがましい、と僕は思っている。

声優の美しい所、かっこいい所、かわいい所等々…を摂取し、ひたすらに声優を崇める「ファン」でありたい人と、「オタク」としてありたい人のスタンスは違うはずで、後者は極論好きな声優からラジオ、イベント、雑誌その他において一切のコミュニケーション手段をシャットアウトされようとやっていける立場だと思う(というかそもそもコミュニケーションをする必要が無いのでこの例は不適当(じゃあ書くな))。

「声優を愛でたい(愛でられたい)」人と「声優を研究したい」人は、同じ「声優が好き」な人でも全然違う生き物なのであって、そこは一緒くたにするのは間違い。

そして僕はどちらかといえば「ファン」である以前に「オタク」でありたいと思っているので、声優に嫌われるような感想を投稿することをやめないし、それが間違っていると考えない。例えばイベントに参加するより同人誌の原稿作業やコミケを優先するのは、その自分なりのスタンスを自分で再確認するための手段であったりする。

次にクレームみたいなメールを書いて送った件について。これに関しては特に考えるようなこともあまりないと思っていて、声優に対して直接的にネガティブな言葉を送りつけるのはオタク的な価値観で言っても完全にアウトでしかなかったと思う。

「声優が好き」という気持ちは同じだし、声優が傷ついたり、悲しんだりするようなことは自分にとっての不幸であるというのは大前提としてまずあるべきなので、そこを覆すような行動をとってしまったのは完全に大人気なかった。

「声優のいうことに逆らう」は良くても「声優の言動を正す」のは完全におこがましい行為(そういうつもりであのメールを書いたわけではないけど)だと思っていて、そもそも声優になることを志すようなタイプの人間に対して、外野から何を指摘したところで無駄だと思う。

声優が「自分の中の理想」であり続けてくれるなんていうのは甘すぎる考え方だったということは今回痛感したし、声優は変わっていくということがどういうことなのかを本当にわかっていなかったというのを思い知らされて、そういう意味では頭を冷やすという意味で良い?体験だったと思う。

まあ振り返るって言ってもこれくらいのような気がする。メールを出した後に病みまくったのは前述のとおりファンでもありたい自分がいたからでしかないしそこはどうしようもないのでこれからも苦しんでいくしか無いでしょう、以外に無いはず。

今後は「一線を超える」ようなことはしないように気をつけたいと思います。